来たれ見よ(Ehipassiko)

 
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どんな人にもチャレンジできる仏教実践



はじめに


 仏教は誰にでも理解でき、誰にでも実践することができる教えです。だからといって、仏教の話しをいい加減に聞かれたら困ります。というのも、「誰にでも理解できる」ということは、つまり「並大抵のことではない」という意味なのだから。高い教育を受けた人も、受けていない人も、男性も、女性も、高齢者も、子供も、大企業の社長も、ホームレスも、誰にでも理解できるというのだから、これには何か深い意味があるのです。あまり軽々しく、いい加減に理解するのはよくないという意味でもあります。


 先に結論を申しますと、なぜ「誰にでも理解できる」と言うのかというと、仏教はどんな人にも関係があり、すべての人に共通することを教えているからです。人だけではなく、生命全体に共通することを説いているのです。すべての生命に関係があることですから、誰にでも「分かりやすいはず」です。「分かりやすい」ではなく、理解しようとしない人には理解できませんから、「分かりやすいはず」なのです。


第1章 仏教は平等である


Ehipassiko ― 来たれ見よ


 Come and See 「来て、見てください」。これは仏教の有名なスローガンです。パーリ語では、Ehipassiko。いわゆる仏教は世間の人たちに向かって自由に話しかけています。すごい教えだから信じなさい と強引に押し付けるのではなく、ちょっと試してみたらいかがでしょうか、見てみたらどうでしょうか、という自由な態度をとっています。誰が来て、何を調べても、こちらは大丈夫です、というかなり強気の態度でもあります。誰でも "Come and See" 来て見てください。どうでしょうか、と。教えには自信がありますし、万が一欠陥があるということはありません。それで、これはどういう意味なのかと話を進めていきたいと思います。


差別社会の中で現れた仏教


 なぜ仏教は "Come and See" 「誰でも来て見てください」と言うのでしょうか? それは仏教が 「平等の概念」を持っているからです。では、平等とはどういう意味でしょうか?


 仏教は、差別が激しい社会のなかで現れました。お釈迦さまの時代、インド社会にはひどい差別があり、裕福な人は極端に豊か、貧しい人は極端に貧しかったのです。金持ちは地方一つぐらいの土地を持っていましたし、貧しい人は何も持っていませんでしたから他人の土地を借りるか、奴隷として生活するか、あるいは路上で生活しなければなりませんでした。このようにインド社会には激しい差別があったのです。


 宗教にも激しい差別がありました。とくにバラモン教は極端に差別主義で、「バラモン教という神の教えはバラモン人だけの特権であり、一般人には知る権利がない。だからヴェーダ聖典を読んではならない」と言い、すごい差別をしていました。神にお供えすることは、バラモン人以外の人にはできないのです。今の時代でもこれは変わらず、もしインドに行く機会がありましたら試しにヒンドゥー寺院に行って、お供えをしたいと言ってみてください。いくら豪華な供え物を持って行っても、自分でお供えすることはできません。そちらにいる専門化のバラモン人が神に捧げないと、神は受け取らないそうです。


 このように、社会には激しい差別があったのです。このような差別主義のまっただ中で、仏教は貴賤の別なく、「平等」ということを説いたのです。


第2章 対機説法


宗教の過ち


 仏教以外のほかの宗教は、社会の差別制度のことを説き、なぜ差別があるのかということを解明しようとしていました。そうすると、ある宗教と別の宗教の説明に違いが生じてきます。たとえばバラモン教は「世の中に差別があるのは、ブラフマという神が人間社会に四つのカーストをつくったからだ」と説きました。他方、バラモン教に反対しいていた別の宗教は「そうではない、世界は流転している。流転していると、いろんなところに転がる。宇宙も生命も転がって、いろんなところに、知らないところにも転がる。奴隷に転がることもあれば、バラモンに転がることもあり、王様に転がることもある。死んだらどうせまたどこかに転がるのだから、今、自分が置かれている立場や地位、境涯はどうということはない」と教えていました。彼らは「流転」という概念を信じていたのです。また、ジャイナ教では、生物だけでなく植物や山、川など地水火風すべてのものに魂が存在すると考え、その魂にいろいろな物質が付着することによって形態や身体が形成されると考えています。たとえば魂にゾウの物質がくっつくとゾウになり、アリの物質がくっつくとアリになるというように。そこで苦行をして魂に付着する原因となる業をなくしていくことによって解脱することができるというのです。


 このように仏典によると、当時六十二種の宗教哲学があったと言われています。神の概念、魂の概念、業とは何か、定めとは何か、輪廻とは何かという哲学。唯物論や道徳論、時間論など、たくさんの宗教哲学があったのです。さらに、時間論を説く人の中でも、時間は有限だと言う人、無限だと言う人、時間は存在すると言う人、存在しないと言う人など、同じ時間論の中でもさまざまな意見に分かれ、互いに論争していたのです。


 そこで私が言いたいのは、どの意見が正しいかということではなく、宗教家たちは、時間が存在するかしないかとか、魂があるかないかという問題で大騒ぎし、研究したり、考えたり、論争したりして、忙しかったのです。それで結局どうなったかというと、宗教の目的から脱線し、「宗教は何のためにあるか」という宗教の本来の役割が分からなくなったのです。時間が存在するかしないかを解明するのに忙しいものですから、そちらを考えなくてはならなかったのです。魂があるかないか、それは大きいか小さいか、と。たとえばバラモン教では「魂は親指ぐらいの大きさで、心臓の中に存在している」と主張していました。その論に対して別の宗教は「親指ぐらいの大きさのものが心臓に在るなら、心臓を切れば確かめることができる」と反論します。そうするとバラモンはさらに「魂は人間の目には見えないから、心臓を切っても我々には見えない」と言い、それに対して反論者はまた何か言うのです。そういうことで忙しくて忙しくて、いったい宗教って何のためにあるのかということが分からなくなり、宗教が本来やるべき仕事をやらなくなったのです。


 これは現代社会に生きる私たちにとっても同じことで、余計なことばかりに気がとられていると、本来やるべき大事なことがおろそかになり、ひどい結果になります。たとえば家庭の奥さんが仕事や社会活動に忙しくて家のことを何もやらなくなるということがあるでしょう。料理はしないし、掃除もしないし、子供の面倒も見ない。結果として家庭はめちゃくちゃになるのです。


仏教がハイライトしたもの


 形而上学的な観念を語ることには意味がない、とお釈迦さまは教えられました。魂はあるかないかとか、天国はあるかないかなど、試す方法もなく、証拠もないことは考えてはいけません、時間の無駄ですと。答えに終わりがないから禁止なされたのです。そこでお釈迦さまがハイライトして説かれたのは、すべての生命が日々生々(なまなま)しく経験している苦しみや不安、悩み、死の恐怖などについてです。これならどなたにでも直接関係があることですから理解できるしょう。夫婦喧嘩した、仕事でミスをした、試験の成績が悪かったなどのちょっとした悩みから、会社が倒産した、子供が交通事故に遭ったなどの大きな苦しみまで、悩みや苦しみが尽きることはありません。お釈迦さまはこの「苦しみ」にハイライトして教えを説かれたのです。


苦しみを解決する教え


 ですが、「苦しみ」だけについて話しても あまり役に立ちません。「生きることは苦しみである」 とそれだけ説いても意味がないのです。お釈迦さまはさらに 「苦しみをどう解決すればよいか」 「このように解決したらどうか」 と、苦しみを解決する方法も説かれたのです。また、魂とは何かとか、神が世界を創造したかどうか、宇宙の起源はいつか、などということはどうでもよいのです。これらには証拠も試す方法もありませんから、そんなことを考えると時間がどんどんなくなってしまいます。そうではなく、現実の問題に目を向けることが大切です。私たちは日々いろんな問題に出会っています。ものごとがうまくいかなかったり、トラブルが起きたり、苦しんだり、悩んだり、さまざまな問題があるでしょう。それらを客観的に観察し、さらに解決してゆくことが重要であるとお釈迦さまはおっしゃられたのです。


今も昔も変わらないもの


 仏教は 「時代によって古くならない教え」 Akaliko です。なぜかといいますと、仏教は「人間の悩み・苦しみ」について説いているからです。2500年前であろうか、21世紀であろうか、時代に関係なく、人は誰でも不安や不満、悩み、苦しみを感じています。時代が変わっても、人類には苦しみがそのままあるのです。科学技術の発展によって世界は大きく変わりました。今と昔とでは信じられないほど変わっています。でもその中で変わらないものは何かというと、人間の悩みや苦しみなのです。これは今も昔も全然変わっていないのです。たとえば昔の人々は田畑で農作物をつくって生活を営んでいました。IT時代で多忙な毎日を送っている現代人から見れば 「昔の人たちは自給自足の生活をして、気楽に、のんびり暮らしていただろう」 と思うかもしれません。でも昔の人々も大変だったのです。せっかく耕した田畑を動物に荒らされる危険性がありましたし、旱魃で雨がまったく降らないこともありました。逆に洪水で農作物が流されることもありました。ですから昔の人々は収穫するまですごく不安だったのです。収穫したあともまだ安心できません。泥棒が家に忍び込んで収穫物を持って行かれる恐れもありましたから。このように昔の人にも生きる苦しみや不安はあったのです。現代は監視カメラや警備システムが整っているから大丈夫、現代人は安心だと思うかもしれませんが、それはあり得ません。今も同じで、昔よりさらに巧妙な手口を使って時代に沿った現代風の犯罪や問題が起きているのです。


 また、夫婦喧嘩は普遍的なものです。500年前の夫婦が喧嘩して味わう苦しみと、現代の夫婦が喧嘩して味わう苦しみには、何か違いがあるでしょうか。500年前に子供が病気で死んだときに親が味わう苦しみと、今子供が病気で死んだときに親が味わう苦しみは違うのでしょうか。同じです。ですから人間の苦しみは普遍的なのです。しかし私たちは苦しみに出会ったとき 「苦しんでいるのは自分だけだ」と思い込み、なんで自分だけこんなに不幸なのか、なんで自分だけ苦しまなければならないのか、この苦しみは誰にも分からない、などと妄想して、さらに苦しんでいます。でも本来、苦しみは誰にでもあるものであり、これは今も昔も変わりません。


生き方しだいで苦しみは増減する


 苦しみは誰にでもあります。昔の人にも現代人にも、男性にも女性にも、子供にも大人にも、金持ちにも貧しい人にも、教養のある人にも、ない人にも、誰にでもあるのです。年齢、性別、生まれ、職業、地位、お金の有無、知識の有無に関係なく、すべての人に苦しみがあるのです。苦しみは皆「平等」です。しかし、その質や量は同じではありません。各個人の考え方や生き方によって質は異なりますし、増えたり減ったりもするのです。苦しみは皆に共通してあるものですが、苦しみを減らすことも増やすことも、生き方次第で増減できるのです。


苦しみを解決する人・解決できない人


 すべての人が苦しみを抱えているにもかかわらず、世の中には 「苦しみを解決しようとする人」と 「解決しようとしない人」がいます。では、どのような人が「苦しみを解決しよう」とするのでしょうか。それは苦しみを自覚する人たちです。「生きることは楽ではない、苦しい、大変だ、いろいろ問題がある」 と自覚する人たちが、苦しみを解決しようと努力するのです。たとえば子供がひきこもりになって学校に行かなくなったとしましょう。そのとき母親はすごく苦しみを感じるのです。なんでうちの子は部屋から出てこないのか、なんで私に何も話してくれないのか、自分の育て方が悪かったのではないかと悩み、そこではじめて「何とかしたい、ではどうすればよいか」という解決方法を探すのです。


 では 「苦しみを自覚しない人」は幸せなのでしょうか。世の中には苦しみを自覚せずに自分は幸せだと思っている人たちが結構います。「苦しいことは気にしません。うちの子は3年間もひきこもりになっているけど、私は全然気にしていません」と平気で言う母親もいますが、あれは幸せなのでしょうか。実はそういう人々は治らないほど重症なのです。気づく余裕もないという状態で、苦しみのどん底にいるのです。怖くて恐ろしくて現実の問題や苦しみに直面することができないのです。苦しみを受け止めることができず、問題をごまかしたり紛らわしたりすることによって人生を過ごしているのです。


医者が薬を処方するように


 お釈迦さまは、人々が抱えている苦しみや問題を解決するために「対機説法」という方法を用いて法を説かれました。対機説法とは何でしょうか。ある宗派の中には「対機説法は相手に合わせて適当に喋っているだけだから、たいしたことない」と言って対機説法を軽視する人たちもいるようですが、こういう人たちは仏教を深く理解していませんし、対機説法の本当の意味を知らないのです。対機説法とは、相手の性格や能力、素質に応じて、相手が理解できるように法を説くことで、これはちょうど医者が病人に的確な薬を処方するのに似ています。風邪をひいている人には風邪薬を、胃の調子が悪い人には胃薬を、頭が痛い人には頭痛薬を与えるように、お釈迦さまは出会う人々の性格や能力、素質に応じて、その人の問題が解決するように的確に教えを説かれたのです。そうすると、聞く側は自分の問題の解決法を具体的に教えてくれるのだから、目も耳も自動的に開き、わずかにでもよそみをしようとせず、お釈迦さまの言葉一語一語にじっと耳を傾けて聞くのです。


 対機説法というのは苦しみの特効薬です。相手が実際に直面している苦しみ、悩み、落ち込んでどうしようもなくなっている問題を解決するために法を説くことが、対機説法なのです。ですからこれは一人ひとりにとって最適の説法です。聞く人は確実に理解できますし、また問題を解決するために実践しようともします。したがって、対機説法は聞く人とって100%役に立つ最上の特効薬なのです。


対機説法は不完全?


 対機説法というのは不完全なものでしょうか? 対機説法は特定の個人だけに説いた教えだから完全なものではないと考えている宗派もありますが、答えは明快で、対機説法は不完全な教えではありません。その理由を、例をあげて説明いたしましょう。


生まれた者は死ぬ


 お釈迦さまの在世中、キサーゴータミー (Kisagotami) という名の母親がいました。自分の子どもが死んだとき「どうして私の子が死んだのか」と、自分の不幸を嘆きました。「なぜ私だけこんなに苦しい目に遭わなければならないのか。これはおかしい。薬を見つけて子どもを治さなければならない」と考えて、子どもの遺体を抱いたまま、あちこち薬を探し回りました。そのときお釈迦さまに出会ったのです。キサーゴータミーがお釈迦さまに、「どうかこの子を治してください」とお願いしたところ、お釈迦さまはこう言いました。「わかりました、治してあげましょう」と。普通なら「死んだ人が生き返るはずがない」とか「いい加減にしないか」「頭がおかしいんじゃないか」「精神科に行きなさい」などと言うでしょう。お釈迦さまはまったく違う態度をとられ、「娘さん、治してあげます」と言われたのです。キサーゴータミーは「これで私の苦しみが治る」と大変喜びました。お釈迦さまは「では、マスタードをほんの少し持ってきてください」と言いました。マスタードはインドにはどこにでもあるもので、料理にも薬にも使いますから手に入れるのは簡単です。キサーゴータミーは、これで子どもが生き返ると思い「すぐに持ってきます」と探しに出かけようとしたところ、お釈迦さまは「ちょっと待ってください。マスタードを、人が死んでいない家庭からもらってきてください」とおっしゃるのです。そこでキサーゴータミーは人が死んでいない家庭を探しました。しかしどこの家に行っても死人を出したことのない家庭などありません。いくら探しても見つからず、ようやくキサーゴータミーは「これは私だけの苦しみではない。生まれた者はみんな死ぬ」という真理に気づいたのです。この真理に目覚めたとき、それまでの途轍もない悲しみも苦しみもすべて消滅し、心が静かになって落ち着いたのです。これをきっかけに、彼女は修行し、瞑想に励み、悟りを開いたのでした。


 お釈迦さまがキサーゴータミーという一人の女性に教えたことは、彼女個人だけの問題でなく、人類すべて、いや生命全体に当てはまる普遍的な真理なのです。対機説法こそ、本物の説法であり、その一つひとつは完全なる教えなのです。


第3章 お釈迦さまに出会った人たち


 お釈迦さまは悟りを開かれた日から涅槃に入られる日まで、無数の人々に出会い、法を説かれ、人々の苦しみを解決し、悟りに導かれました。その代表的な方々を何人かご紹介しましょう。


●卓抜した天才


 まずは「智慧第一」と称されたサーリプッタ尊者です。サーリプッタ尊者 (Ven. Sariputta Thero) は桁違いに天才で、抜群の知識能力があり、非常に明晰で、理論的、論理的な一方、大変謙虚で、穏やかで、落ち着いた性格の持ち主でした。このサーリプッタ尊者と、「神通第一」と称されたモッガラーナ尊者 (Ven.Moggallana Thero) の二人は、お釈迦さまに会い、教えをたった一行聞いただけで悟った二人です。これは普通の人間には決してできることではありません。たった一行聞いただけで「これが真理だ」と理解できるのですから、この二人は並大抵の人ではありません。卓抜した天才なのです。


●俗世間から離れて修行に励む行者


 当時のインドには修行者たちがたくさんいました。俗世間とはまったく関係を持たず、人と顔も合わせずに、欲を捨て、森の中で何年も何年も瞑想に励み、徹底的に修行をしていたのです。いわゆる仙人といわれる高い精神的境地に達している人たちもいました。ですから並大抵の人々ではなかったのです。でも、そういう修行者たちにも、心にちょっとした不安がありました。瞑想してすごい喜悦感を感じるのですが、微かに不安が引っ掛かっているのです。そこで、そういう雲の上のような存在の善人たちも、お釈迦さまに会う機会があったら法を聞き、対話して、心に引っ掛かっている不安を取り除き、完全なる悟りを開いたのです。


●学問のないチューラ・パンタカ


 二行の句も覚えられないチューラ・パンタカ (Cula Panthaka) という若者がいました。優秀な兄のマハー・パンタカに連れられて出家したものの、なかなか学問が進みません。出家して三ヶ月間たったのに、二行の句も覚えられずすぐに忘れてしまうのです。兄は弟をかわいそうに思い、ある日「君には仏教は向いていませんから還俗して家に帰りなさい」と、チューラ・パンタカを破門しようとしました。このことを知ったお釈迦さまはチューラ・パンタカのところに行き、布を一枚手渡して「この清浄な布に心を集中して、汚れをふき取るという言葉を繰り返しながら、磨きなさい」と言いました。チューラ・パンタカはお釈迦さまに教えられたとおりに実践していると、やがて「清浄な布が汚れていく」ということに気がつきました。そして「すべてのものは変化する」という無常の真理に目覚めたのです。


 お釈迦さまは、チューラ・パンタカには難しい学問は向いていないということを知っていました。でも学問ができないからといって悟れないわけではないのです。そこで、彼にとって最も適した修行法方法を教えました。チューラ・パンタカはそれを忠実に実践し、見事に悟りを開いたのです。


●大商人・アナータピンディカ


 大商人の中で有名な人は、在家信者の第一人者、アナータピンディカ (Anathapindika) です。アナータピンディカは非常に心のやさしい人で、惜しみなく貧しい人たちを助けていました。ある日のこと、商用で知人の長者の家を訪ねたところ、とても忙しそうにご馳走を準備しているので、アナータピンディカは「何かあるのですか」と尋ねると、長者は「明日、お釈迦さまとお弟子さんたちにお布施するのです」と言いました。それを聞いたアナータピンディカは「お釈迦さまがいらっしゃる」と、大変喜びました。その夜、アナータピンディカは明日まで待つことができず、真っ暗闇の中、お釈迦さまを迎えに出かけたのです。外はあまりにも真っ暗なものですから、途中、何度も怖くなり、不安になって引き返そうと思いましたが、それでもお釈迦さまを迎えに行こうと前に進みました。やがて、お釈迦さまが暗闇の中で座っていらっしゃる姿が見えました。アナータピンディカが近づいていくと、「スダッタ、よくここへ来ました」と、お釈迦さまが言われたのです。アナータピンディカは、お釈迦さまがスダッタという自分の本当の名前を呼んでくれたことに感激し、お釈迦さまの足元に礼拝しました。お釈迦さまはアナータピンディカに、布施、戒律、欲の危険性、解脱の功徳などを説き、さらに四聖諦を説かれました。(この説法の方法は、順を追って次第に法を説くという意味から、次第説法とも言われています)アナータピンディカはこれらすべてを理解し、悟りを開いて聖者の最初の位である預流果に達したのです。


 アナータピンディカは、お釈迦さまやお弟子さんたちが修行しやすい静かな場所をお布施したいと考えて精舎を建立しました。これが有名な「祇園精舎」です。


●便所掃除の不可触賤民


 お釈迦さまは、不可触賤民(当時のインドで不浄とみなされ、社会的・経済的に大きな差別を受けた階層)にも法を説かれました。スニータ (Sunita) やワッサカーラ (Vassakara) は不可触賤民で、便所掃除を生業とし、人々から卑しまれてきましたが、お釈迦さまはこういう人たちの出家も許可されたのです。二人は懸命に修行し、完全なる悟りを開き、「八十人の弟子」の中に入りました。お釈迦さまは誰であろうと差別することなく、聞く耳を持っている人には真理を説き、悟りの道を教え、苦しみをなくしてあげたのです。


国の王様


●ビンビサーラ王とアジャータサットゥ王


 当時のインドの大国の一つ、マガダ国の王様、ビンビサーラ王(Bimbisara)は、平和を好む落ち着きのある素晴らしい王様でした。古くからお釈迦さまの友人であり、仏教に帰依していました。竹林精舎という寺を建立して、お釈迦さまとサンガ(僧団)にお布施したのをはじめ、常に仏教を保護していました。


 ところが、王の息子であるアジャータサットゥ(Ajatasatthu)は、デーヴァダッタに唆されて、この素晴らしい父親を牢獄に監禁し、殺したのです。しかし、アジャータサットゥは王に即位したのち、「自分はなんということをしたのか。欲のない父を殺してしまった。私のことをあれほど慈しみ、心配してくれていたのに、私はその父を殺してしまった」と、自分が犯した罪を悔い、激しく悩みました。いてもたってもいられなくなり、お釈迦のところに行くと、お釈迦さまに会った瞬間、お釈迦さまが まるで亡き父のような存在に見え、それまでの途轍もない苦しみが すーっと消えていったのです。以来、アジャータサットゥ王はお釈迦さまを実の父親のように大切に敬い、ビンビサーラ王以上に仏教を保護し、貢献したのでした。


●コーサラ王とマッリカー妃


 世界でいちばん愛しい人


 コーサラ国も、当時の大国の一つです。その国王、コーサラ王(Kosala)は、国土を広げるために他国を攻めたりする どうしようもない王でした。でも、お釈迦さまのことが大好きで、よく話を聞きに行っていたようです。コーサラ王にはマッリカー(Mallika)という美しいお妃がいました。彼女は敬虔な仏教徒であり、お釈迦さまの話をよく聞いて謙虚に生きていました。性格が大変良いものですから、王はマッリカー妃のことが大好きでした。一つ有名なエピソードをご紹介いたしましょう。


 ある日、コーサラ王とマッリカー妃が座って話しをしていました。王様はお妃に、「お前にとってこの世の中でいちばん愛しい人は誰か?」と尋ねました。当然、王様は甘い答えを期待して聞いたのです。しかしお妃は、「この世の中でいちばん愛しい人は自分です」と答えました。お妃は頭の良い方でしたから、お世辞や嘘は言わず、正直に答えたのです。がっかりした王様を見たマッリカー妃は、逆に尋ねました。「王様にとって、この世の中でいちばん愛しい人は誰でしょうか?」と。そうすると王様も、「よく考えると自分のことがいちばん愛しい」と正直に答えたのです。後日、二人はお釈迦さまのところに行き、この話をしたところ、お釈迦さまは次のように説かれました。


 「人は誰でも、自分のことがいちばん愛しい。同様に、どんな生命も自分のことがいちばん愛しい。自分のことを愛しいと知るものは、わが身に引き比べて、他の者を害してはならない」


●共和国のリーダーたち


 当時のインドの政体は王政が多く、マガダ国もコーサラ国も王政でした。しかし中には、ヴァッジ国(Vajji)やマッラ国(Malla)などの民主的共和制の国もありました。お釈迦さまはそのような国々でも、指導者たちに法を説かれていたのです。


●自ら確かめること(カーラマ族)


 あっちの教えを聞き、こっちの教えを聞き、また別の教えを聞き、いろんな教義や修行方法、哲学を聞いて、やがてどうにもならなくなり、迷ってしまうという人々が、今も昔もいるものです。そういう人々に対してお釈迦さまはどのように話され、彼らの迷いを解決なされたのでしょうか。これは在家の方々に対する説法です。


 ある村に、カーラマ族(Kalama)という人々が住んでいました。ある日、お釈迦さまがこの村を訪れたとき、村の人々は「またどこかから宗教グループが来た」ということで、うるさく騒いでいたのです。なぜうるさいかというと、この村には宗教家や沙門、バラモンたちが次々に訪ねて来て、神のことや魂のこと、来世のことなど、いろんなことを話し、「自分の教えこそが正しい」と言って村を出て行くのです。あるグループが説法して帰ったら、別のグループが来て、前のグループが話したことを「あの教えは間違っている」と非難し、「正しいのは私の教えだ。私の教えこそが正しい」と主張して帰るのです。しばらくすると別のグループが来て「あの教えは全部間違いだ。正しいのは我々の教えである」と主張するのです。そういうふうに次から次へと宗教家や沙門、バラモンたちが訪ねてきて、自分の教えを正当化し、他人の教えを徹底的に避難していました。そこで、村の人々はお釈迦さまにこのように言いました。「我々はもううんざりです。人が話すことは信じられません。真実を語っているのか、偽りを語っているのかという疑いが起こり、混乱するのです」と。


 そこで、お釈迦さまは次のように説かれました。「カーラマたち、あなたがたの態度は見事です。疑うのは当たり前です。不確かな話しを疑うのは当然のことです。人の話を受け入れるとき、


・耳で聞いたこと(神の声など)に頼ってはならない
・世代から世代へと言い伝えられたものに頼ってはならない
・伝統や伝説、風説に頼ってはならない
・聖典や古典に頼ってはならない
・論理(思弁)に頼ってはならない
・理屈や理論に頼ってはならない
・人間がもともと持っている見解に頼ってはならない
 (たとえば日本人なら日本独自の考え方や論理の組み立て方など)
・自分の意見や見解と同じということに頼ってはならない
・説く人の立派な姿かたちに頼ってはならない
・説く人の肩書きに頼ってはならない


 続けてお釈迦さまはこのように説かれました。「何が善いのか、何が悪いのかを自分で考えてください。ある人の話が不善であり、賢者に非難されるものであり、苦しみをもたらす教えなら、その教えから離れてください。善であり、賢者から非難されるものではなく、幸福に導く教えであるなら、その教えを受け入れてください」。


 このお釈迦さまの理性的な説法が終わると、村人たちはお釈迦さまに帰依し、仏教徒になりました。


●「芸は天国への道」と信じていた芸人


 「芸は天国への道」と信じていた芸人がいました。彼は芸が上手で、大勢の人が彼の芸を見て楽しんでいました。彼はいつも真剣で「私の芸を見て大勢の人が笑い、楽しみ、喜びを感じている。だから私は頑張らなくてはいけない」と考えていました。そして「芸で人々を笑わせ、楽しませる人は、死後、天国に行く」と信じていたのです。


 ある日、この芸人がお釈迦さまに会いしました。そしてこのように尋ねました。「お釈迦さま、私は毎日正直な気持ちで芸をやっています。芸の師から口伝として、献身的に芸をやり、人々を楽しませ、笑わせれば、死後、天国に生まれ変われると聞いております。お釈迦さまはこれについてどう思われますか」と。お釈迦さまは「その話はよしましょう」と言いました。しかし、芸人は同じことを再び聞いたのです。お釈迦さまは同じように「その話はよしましょう」と言いました。しかし芸人はまた同じことを聞いたのです。そこでお釈迦さまは「私はその話はよしましょうと言っているのに、あなたは三度も聞きました。では答えますから、お聞きなさい。あなたが皆の前で欲の場面を演じたことによって、多くの人はますます欲を増大させませました。あなたが怒りの場面を演じたことによって、多くの人々はますます怒りを増大させました。あなたが愚かな場面を演じたことによって、多くの人々はますます愚かになりました。自分だけでなく、他人の欲と怒りと無知を増大させたのだから、あなたは死後、地獄に落ちるでしょう」。


 お釈迦さまの話を聞いた芸人は、泣き崩れました。「今までの自分の人生はなんだったのか。芸の師は私に何を教えたのか。これこそが天国に行く道だと聞かされ、私は命賭けで芸をやってきたのに、これからどうすればよいのか」。その人は立ち上がれないほどのショックを受けました。


 その様子を見たお釈迦さまはこのように諭されました。「人の道はそちらにあるのではありません。身体で善いことをし、言葉で善いことを語り、頭で善いことを考え、心の汚れをなくすことが人の道です」と。その芸人はその場で出家し、修行に励み、やがて悟りを開いたのです。


●美しいもが好きな金細工職人の息子


 ある金細工職人の息子が、サーリプッタ尊者のもとに弟子入りしました。サーリプッタ尊者は、「この若者は在家にいるとき毎日美しいものに触れ、美しいものばかり見てきた。しかし、ものごとの醜い側面を理解しなければ悟ることはできない」と考えて、身体は美しいものではなく不浄なものであるということを納得してもらおうと、不浄の瞑想を教えました。比丘は、サーリプッタ尊者に教えられたとおり、真面目に瞑想に励みました。しかし、心はいっこうに落ち着きません。


 ある日、比丘は、「私は偉大なるサーリプッタ尊者のもとで出家しているにもかかわらず悟ることができない。これは自分に見込みがないからではないか」と考えて落ち込んでいたところ、お釈迦さまに出会いました。お釈迦さまは、この比丘が金細工職人の息子で、長いあいだ美しいものにしか触れてこなかったことを察知され、このように指導なされました。「こちらに座ってこの蓮の花を見ていなさい」と。お釈迦さまのそばにはさまざまな花があり、そのなかに一本、大変美しく咲いている蓮の花があり、それを観察するようにと言われたのです。


 比丘は、お釈迦さまに言われたとおり、その美しい花のそばに座り、花を見つめました。すると比丘の心に、「あー、なんて美しい花か」と喜びが生まれ、心がその花にギューっと集中していったのです。我(われ)を忘れて花を見つめていたところ、今度はその花がしだいに萎んでゆくのが見えました。微妙に見つめていましたから、細部まで明確に見えるのです。美しい花びらがだんだん萎れてゆき、鮮やかな色が褪せてゆき、ついには枯れてしまいました。比丘は、「あんなに美しく咲いていた花もこのように萎れ、枯れてしまう。作られたものはすべて無常なのだ」と、ものごとの無常性に目覚め、その瞬間、悟りを開いたのでした。


 お釈迦さまは、「美しいもの」に見慣れていた比丘の性格を見抜き、醜いものではなく、むしろ「美しいもの」を観察させることによって、比丘の心を喜ばせ、落ち着かせ、そして悟りの方へと導かれたのです。


●贅沢三昧に育てられた一人息子の出家


 ヤサという名の豪商の息子がいました。両親は大変な金持ちで、この一人息子を宝物のようにかわいがり、草履は金で作ったものしか履かせないほど贅沢三昧で育てました。しかし、そんな両親の思いとは裏腹に、ヤサの心は満たされませんでした。ヤサは「こんな生き方はまるで刑務所にいるようなものだ、これって人生か」と考えて、ある夜、こっそりと家を出たのです。そして「あー、なんて楽しいか」とひとりごとを言いながら歩いていると、お釈迦さまが夜、そこらへんに坐っていらっしゃったのです。お釈迦さまはひとこと言いました。「束縛されていない生き方こそ自由で究極的に楽しいですよ」と。ヤサは「どういうことでしょうか」と思い、お釈迦さまのそばに座って話しを聞くことにしました。お釈迦さまの教えが終わると、ヤサは悟り開いたのです。


 一方、ヤサの両親は、朝起きてみたら、大切な息子がいません。大騒ぎであちこち探しましたが、どこを探してもヤサはいません。そこで外に出て探してみると、金の草履の足跡が残っていました。幸いなことに当時の道はアスファルトではなかったですから、足跡が残っていたのです。父親はその足跡を見て、これは息子のものだということがすぐにわかり、その足跡を追っていきました。


 お釈迦さまは、ヤサの両親がそのうち探しに来ることがわかっていましたから、ヤサに「君、ちょっと隠れていなさい」と言って隠れさせました。しばらくすると父親がやって来て、お釈迦さまに「息子を探しています。こちらまで足跡があるのですが、こちらにいるのでしょうか?」とたずねました。お釈迦さまは「そのうち会うでしょう。落ち着いて、ちょっとそちらに座ってください」と言いました。
 足跡もありましたし、お釈迦さまも、「そのうち会いますから」とおっしゃったので、父親はホッとして、お釈迦さまと少し話しをすることにしました。おそらく父親は、息子をどのように育てたかとか、どんな生活をさせたかとか、そういうことを話したと思います。一方、お釈迦さまは、「親があまりにも子供をかわいがり、あまりにも箱入りで育てたから、息子はそれが嫌で家を出たのかもしれません。両親の愛情というものは、ありすぎても子供にとっては地獄になります。あなたがたが息子にしたことは、息子にとって耐えられない苦しみですよ」など、そういうことを教えただろうと思います。


 父親は、お釈迦さまの説法に心を動かされ、その場で仏教徒になりました。そしてお釈迦さまに帰依したとき、後ろから息子が現れました。父親は喜んで、これからは束縛しないから一緒に帰りましょうと言いましたが、ヤサは「いえ、私は自由な道を選びます」と言い、そのまま出家したのでした。父親は反対することなく、「君の選んだ道は正しい」と言い、一人息子の出家をゆるしたのです。


●一夜で財産を失った農夫


 ある朝、お釈迦さまは田んぼに行き、そこで農作業をしている農夫に声をかけ、ちょっと言葉を交わして帰って行かれました。次の日も、その次の日も、田んぼに立ち寄って農夫と言葉を交わし、帰って行かれました。その農夫は特別に能力があるわけでも優れているわけでもありませんでしたが、お釈迦さまは数日間もそうやって声をかけて、その農夫とつきあったのです。


 農夫は、「お釈迦さまが私のところに立ち寄ってくださる。親しみを持って声をかけてくださる。なんというすごい方が友だちになったものか」と大変喜び、「しかし私はまだ一度も食事のお布施をしたことがない。今度、稲を刈り入れたとき、盛大にお釈迦さまにお布施しよう」と考えました。そこでお釈迦さまに、「稲を刈り入れたらお釈迦さまにお布施したいのですが、そのとき私の家に、家というところではなく小屋ですが、いらっしゃっていただけますか」と申し出ると、お釈迦さまは、「いいですよ、行きます」と快くお布施を受けられました。


 ところが稲刈りの前日、大雨が降り、洪水になって、田んぼがすべて流されてしまったのです。たった一晩で、今まで苦労して育ててきた収穫物がすっかり流され、一年間の収入が失われてしまいました。それまでごく平凡に生きてきた農夫でしたが、このとき初めて「生きる苦しみ」に直面したのです。農夫は巨大な苦しみに圧倒され、とうとう倒れてしまいました。


 お釈迦さまは約束の日、農夫の家にお布施を受けに行きました。お釈迦さまが来たとき、農夫の苦しみは最大限に達しました。お釈迦さまが来ているのに、自分にはお布施するものが何もありません。顔を合わせることもできず、家の中で倒れたままでいました。このすべてを理解されたお釈迦さまは、農夫が寝込んでいるところに行き、このように話されました。


 「人生では予測できないことや期待していないことが突然起こるものです。いくら約束をしても確実に守れるものではありません。でも、知っていますか、どうしてあなたがそんなに悲しんでいるのかを――。それは、洪水で流された田んぼや稲に、あなたはすごく期待していたからです。だから苦しんでいるのです。この世の中に期待できるものは何一つありません。自分の身体さえ、期待することはできません。この真理を知っている人は、心のなかの期待を捨て、何に対しても期待しないのです」


●愛する者を失ったパターチャーラー


 1日にして、生まれたばかりの赤ん坊・幼い子供・旦那・父母・兄弟を亡くしたパターチャーラー(Patacara)は、ショックのあまり頭が狂ってしまい、服が脱げ落ちたことにも気づかずに、裸のまま町をふらふらさまよい歩いているところ、お釈迦さまに出会いました。お釈迦さまが、「いもうとよ、落ち着きなさい」とやさしく声をかけると、パターチャーラーは正気に戻りました。そしてお釈迦さまは次のように話されました。


 「遠い昔から今まで、あなたが愛する者を亡くして涙を流したのはこれが初めてではないのだよ。あなたは輪廻のなかで測り知れないほどの涙を流してきました。その涙の量は4つの海の量よりも多いのです」


 この言葉を聞いたパターチャーラーは、「死の普遍性」に目覚めました。また、「無常なる世の中では子供も夫も父母も兄弟も頼りにすることはできない。自分の心さえ頼りにならない。頼りになるものは、心を清らかにして悟り開くことである」ということに気づき、出家して修行に励み、やがて悟りを開くに至ったのでした。


●7歳で悟りを開いたソーパーカ


 大人ばかりでなく、子供も捨てたものではありません。ソーパーカ(Sopaka)という7歳の子供がいました。赤ん坊のときに父親が亡くなり、母親が別の男性と再婚しました。新しい父親はソーパーカのことが大嫌いで、いつもいじめていました。ある日、父親はソーパーカを墓場に連れていき、そこにあった死体にソーパーカを縛りつけ、置き去りにして帰ってしまったのです。


 その夜、お釈迦さまは墓場で泣いている子供を見つけると、固く結んであったひもをほどき、「さあ、帰りましょう」と、手をつないで一緒にお寺に帰りました。お釈迦さまと手をつないだソーパーカは、喜んでお寺に入り、出家して、お釈迦さまの話しをよく聞き、まだ10歳にもなっていないのに悟りを開いたのです。


 出家世界には比丘戒というものがありまして、これは20歳にならないと授けることができません。ですから7歳のソーパーカは、まだ正式に比丘になることができません。しかしソーパーカは完全に悟りを開いていましたから、お釈迦さまは特別扱いなされたのです。ある日、ソーパーカをよんで、大人の比丘たちがいるなかでこのように質問しました。


 「1はなんですか、2はなんですか、3はなんですか……10はなんですか」と。比丘たちは、「お釈迦さまは子供と遊んでいるでしょう」と思っていました。でも「1はなんですか」と聞くと、ソーパーカは「食べ物です」と普通の子とはちょっと違うことを言うのです。お釈迦さまが「2はなんですか」と聞くと、「名(nama)と色(rupa)です」と答えました。では、「3はなんですか」と聞くと、「苦と楽と不苦不楽の3つの感受です」と答えました。このようにして10まで答えたのです。


 お釈迦さまは、「君はみごとです。今日から比丘です」と、ソーパーカを正式な比丘として認められました。これはかなり大胆なことで、というのも30歳や40歳の年配になってから出家する人たちは、7歳の子供に頭を下げて礼をしなくてはいけませんから。でも、お釈迦さまは肉体の年齢よりも心の清らかさを重視なされたのです。ソーパーカは完全に心を清らかにしていましたので、お釈迦さまは正式に比丘として認められたのでした。


●六方を拝むシンガーラ


 シンガーラ(Singala)という名の出来の悪い若者がいました。シンガーラの父親は亡くなる直前に息子のことを心配して、「六方を礼拝しなさい」と告げました。シンガーラは父親の遺言を守ろうと決意しましたが、肝心の 「六方とは何か」ということを知らなかったため、どうすればよいのか分からす、東西南北上下の六方をただ闇雲に拝みました。シンガーラは 「人に言われたからやる」という性格で、自分でものごとをしっかり理解しようとしません。ある日、この様子を見たお釈迦さまはシンガーラに、「人に言われたからやるのではありません。ものごとには意味があるでしょう。六方の礼拝の仕方はそのようなやり方ではありません」と言い、正しい六方の意味を定義なされました。


 六方とは人間関係のことであり、東が親子関係、南が師弟関係、西が夫婦関係、北が友人関係、上が宗教者と在家者の関係、下が主従関係です。これらの六つの関係を正しく守るなら、安全に幸福に暮らせる、と説かれました。『六方礼経』はその経典なのです。


東―親子関係


子が両親に対して行うべきこと


 ・自分を育ててくれた両親を養う
 ・両親の義務を果たす
 ・家のしきたりや伝統を存続させる
 ・財産を管理する
 ・供養する


親が子に対して行うべきこと


 ・悪いことをやめさせる
 ・善いことを行うようにさせる
 ・教育を与える
 ・ふさわしい結婚相手を見つける
 ・適時に財産の管理を任せる


南―師弟関係


弟子が師に対してすべきこと


 ・席を立って礼をする
 ・師の用事を手伝う
 ・師の言葉を熱心に傾聴する
 ・身の回りの世話をする
 ・教えられたことを真剣に学ぶ


師が弟子に対してすべきこと


 ・正しくしつけ、指導する
 ・学んだことを忘れないように身につけさせる
 ・学問や技術を最後まで教える
 ・友人仲間に弟子を称揚する
 ・あらゆる面で弟子を守る


西―夫婦関係


夫が妻に対してすべきこと


 ・誉める(尊敬する)
 ・軽蔑しない
 ・不倫をしない
 ・家の権利を任せる
 ・装飾品を与える


妻が夫に対してすべきこと


 ・仕事を上手にこなす
 ・親族を大切にする
 ・不倫をしない
 ・財産を守る
 ・巧みであり勤勉である


北―友人関係


友人に対してすべきこと


 ・与える
 ・やさしい言葉で話す
 ・役に立つことを行う
 ・友人を自分と等しいと思うこと
 ・欺かない


友人に対してすべきこと


 ・無気力になっている友を守る
 ・無気力になっている友の財を守る
 ・恐怖のある友を守る
 ・逆境に陥っている友を見捨てない
 ・友の子孫を大切にする


下―雇用関係


上司が部下に対してなすべきこと


 ・能力に応じた仕事を与える
 ・仕事に適した給料を与える
 ・病気になったときに看病する
 ・珍しい食べ物を分け与える
 ・適当なときに休ませる。


部下が上司に対してなすべきこと


 ・上司より早く出勤する
 ・上司より後に仕事を終わる
 ・与えられたものだけを受ける
 ・誠実に責任を持って仕事を行う
 ・会社や上司の名誉を吹聴する


上―宗教家・在家者との関係


在家者が宗教家に対してなすべきこと


 ・慈しみの行為
 ・慈しみの言葉
 ・慈しみで考える
 ・門戸を閉ざさない
 ・財物をお布施する


宗教家が在家者に対してなすべきこと


 ・悪をやめさせる
 ・善に入らせる
 ・幸福を願う
 ・今まで聞いたことのない真理の教えを説く
 ・すでに説いた教えを、より明白にさせる
 ・今生だけでなく死後も幸福になる道を説く


●召使いのクッジュッタラー(Khujjuttara)


 クッジュッタラという名の女性がいました。彼女はコーサンビのウデーナ王の宮殿の召使いで、毎日、花屋のスマナのところに行って、宮殿に飾る花を買っていました。ある日のこと、お釈迦さまとお弟子さまたちが食事のお布施を受けるためにスマナの家を訪れました。そこへクッジュッタラーがいつものように花を買いに行ったのです。スマナはクッジュッタラーに、「今日は私の家にお釈迦さまとお弟子さまたちがお布施を受けにいらっしゃっています。食事のお布施が終わったら、あなたもいっしょにお釈迦さまの説法をお聞きなさい。花を買うのは、説法が終わってからにしてください」と言いました。そこでクッジュッタラーは食事が終わるのを待ち、その後、説法を聞くことにしました。


 クッジュッタラーは、お釈迦さまの説法に注意深く耳を傾けていたため、説法が終わったときには、預流果の悟りに達していました。


 ところで、その日までクッジュッタラーは、花を買うために王妃から預かったお金の半分で花を買い、残りの半分はねこばばしていたのです。しかしお釈迦さまの説法を聞いて預流果に悟ったものですから、「他人の財産を盗もう」という気持ちが消 えてしまいました。そこでその日は、預かったお金の全部を使って花を買ったのです。


 宮殿に戻ると、王妃は いつもよりたくさんの花を持っているクッジュッタラーを見て 「今日はなぜこんなにたくさんの花を買ったのですか?」 と聞きました。クッジュッタ ラーは正直に、「これまで私は お預かりしたお金の半分で花を買い、残りの半分は自分のものにしていました。今日はお金を全部使って花を買いました」 と告白しま した。このときクッジュッタラーは 『嘘をつかない』という戒律を守ったのです。


 王妃は 「ではなぜ今日はお金の半分を自分のものにしようとしなかったのですか?」 とたずねると、クッジュッタラーは 「お釈迦さまの説法を聞いたからです」 と答えました。クッジュッタラーがあまりにも率直に正直に答えるものですから、王妃は「お釈迦さまの説法はただものではない」と考えました。そして 「お釈迦さまの説法と はどのようなものですか? 私にもその説法を聞かせてください」 と言うと、クッジュッタラーは聞いた説法を、王妃と宮殿の大勢の人たちに話しました。


 クッジュッタラーはすぐれた記憶力を持っており、お釈迦さまの説法をすべて覚えることができました。宮殿の人たちはお釈迦さまのところに行くことができないものですから、それ以来 クッジュッタラーがお釈迦さまのところで説法を聞き、それを全部覚えては宮殿の人たちに説法するようになりました。現代風に言えば クッジュッタ ラーは『歩くテープレコーダー』のような人です。彼女のおかげで、ウデーナ王の宮殿にいる多くの人たちが心を清浄にすることができました。


●バラモンの長老セーラ(Sela)


 90歳を超えるセーラ(Sela)という名のバラモンがいました。彼はインドではとても有名で、並大抵の人ではありませんでした。バラモンのなかでも長老中の長老であり、ヴェーダの奥義をすべて修得していました。


 ある日、セーラは 「悟りを開いた人がいる」ということを聞き、その人にぜひともお会いしたいと思いました。しかし立場上、気軽に会うことはできないのです。セーラはバラモン人すべてのなかで最高の長老ですから、バラモン教の長老が 仏教のお釈迦さまに会うというのは少々まずい。そこでまず弟子に、お釈迦さまがほんとうに悟っているのかどうか調べに行かせました。そして 「悟っている」ということを確かめたら、大胆にも数百人の弟子たちを連れて、お釈迦さまのもとにおもむき、挨拶したのです。


 ところで、バラモン教の聖典には 「目覚めた人には32の相がある」 ということが書かれており、セーラバラモンは、お釈迦さまにその相があるかどうかを確かめようとしました。このことを察知されたお釈迦さまは、話をしながら、わざとご自身の真の姿 ―― 威力や智慧、偉大さ、32の相をセーラバラモンの目に見えるように現したのです。


 セーラバラモンは お釈迦さまに32の相があることを確認したあと、さらに 「完全なる悟りを開いた人は自分が讃嘆されるとき、自身を現すということを聞いたことがある」ということを思い出しました。そして美しい詩をうたい、「釈尊は王のなかの王として、人類の帝王として、世界を統治する王になってください」と讃嘆すると、お釈迦さまは次のように応えました。


 「私はすでに王である。すべての煩悩に打ち克ち、最高の勝利を得ている。知るべきものはすでに知り、やるべきことはやっている。苦しみを完全に消滅し、究極の平安を体験している。私はすでに悟っている」とご自身を現されたのです。


 お釈迦さまの堂々たる言葉を聞いたセーラバラモンは弟子たちに告げました。


 「君たち、眼ある釈尊の話を聞きなさい。従いたい者は従いなさい。従いたくない者は去りなさい。私は最上の智慧のある人のもとで出家します」


 セーラバラモンとともに数百人の弟子たちは、その場で出家したのでした。


●殺人鬼アングリマーラ


 アングリマーラ(Angulimala)という凶暴な殺人鬼がいました。罪のない人を殺しては指を切り、切った指を首飾りにしていました。しかし、このような残忍凶暴なアングリマーラも、お釈迦さまに会ったとたん、人殺しをすべてやめたのです。


 ある日、お釈迦さまはアングリマーラのいる森のなかに入って行きました。お釈迦さまがゆっくり歩いて来るのを見たアングリマーラは、襲ってやろうとお釈迦さまの背後にまわり、後を追いかけました。しかし走っても走っても、ゆっくり歩いているお釈迦さまになかなか追いつくことができません。どうしたことかとアングリマーラは立ち止まり 「沙門よ、止まれ!」 と叫びました。お釈迦さまは 「私は止まっていますよ。君が止まったらどうでしょうか」 と答えました。アングリマーラはお釈迦さまが言ったことの意味が理解できず、「立ち止まっている私に止まれと言い、歩いている沙門は止まっていると言う。いったいどういう意味なのか」 と聞くと、お釈迦さまはこのように諭しました。


 「アングリマーラよ、私は生きとし生けるものを害する心が止まっている。君は生きとし生けるものを害している。それゆえ私は止まっているが、君は止まっていないのである」 


 これを聞いたアングリマーラは、その瞬間に心が変わり、悪行をすべてやめて出家し、お釈迦さまの弟子になりました。


 誰も捕まえることのできなかった凶悪残忍なアングリマーラを、お釈迦さまは武器一つ持たずに説法によって見事に改心させたのでした。


●苦行者たち


 無差別に人殺しをしていたアングリマーラとは正反対に、ジャイナ教の人々は徹底的に「不殺生」(生命を殺さないこと)を守っていました。生水(なまみず)さえ飲みません。というのも、水中には無数のバクテリアが生存しており、それを飲むと殺生することになるからです。お釈迦さまは、ジャイナ教の人たちが戒律を厳守していることに関しては称賛していましが、自分の身体を極端に痛めつけて苦行していることに関しては意味がないと示されました。そして苦行ではなく、法に基づいて正しく生きることを教えられたのです。その結果、多くのジャイナ教徒が仏教徒になりました。


●地獄への道


 人々の中にはちょっと変わった人もいて 「地獄に落ちる道、堕落への道を教えてほしい」 と言う人もいました。そういう人にたいしてお釈迦さまはどのように答えたのでしょうか。


 お釈迦さまは、「堕落への道」をきちんと丁寧に教えられたのです。それでその人は堕落したと思いますか。いえ、彼は 「お釈迦さまは見事だ。天国への道を教えてほしいと言えば、完璧に教えてくださるし、地獄に落ちる道を教えてほしいと言えば、完璧にその道を教えてくださる。こんな智慧のある方はほかにいない」と考え、仏教徒になったのです。


●出家したかったヘビ


 仏教が大好き、というヘビがいました。このヘビは動物の世界にいるのが嫌で、「サンガの世界に入りたい、出家したい」と考えて、勝手にお坊さんになったつもりになり、お寺に住みつきました。比丘たちは初めのうちはあまり気にしませんでしたが、どこに行ってもヘビが横たわっていますし、夜になると明かりがありませんから知らずにヘビを踏みつける可能性もあります。そこで追い出そうとしましたが、ヘビは出家しているつもりでいますから、なかなかお寺から出て行こうとしません。


 そこで、お釈迦さまはヘビにこのように話しました。(比丘たちはヘビと会話できませんが、お釈迦さまは動物たちともコミュニケーションできるのです)。
「君はヘビの世界に戻りなさい。出家して修行ができるのは人間だけです。ヘビの世界にいても悪いことをしないで生活すれば、死後、善い世界に生まれ変わります。そうすればそこで修行できるでしょう」


 出家しているつもりでいたヘビは、ものすごく悲しくなって泣きました。それを見たお釈迦さまは、「いま君は心を清らかにしていますから、悲しむことはありません。必ず悟れますよ」と慰めて、ヘビの世界に帰したのです。


●天国に生まれ変わったカエル


 お釈迦さまに出会って幸福をつかんだのは人間だけではありません。神々や動物たちも心の安らぎを味わいました。


 あるとき、比丘と在家信者たちがお釈迦さまの説法を聞いているところに、一匹の小さなカエルが餌を探しにやってきました。このカエル、お釈迦さまの声が耳に入った瞬間、身動きできなくなりました。というのも、お釈迦さまの声にはある種の響きがあり、その声を聞くと心が落ちつくのです。カエルは説法の内容は理解できませんが、足をたたんでその場に座りこみ、じっとお釈迦さまの声を聞いていました。


 そこへ、ある在家信者が説法を聞くためやってきました。持っていた杖を地面にさそうとしたところ、それがちょうどカエルの身体の上。その瞬間、カエルは死んでしまいました。でも死んだ瞬間、天国に生まれ変わったのです。


 天国に生まれ変わったカエルはビックリ、どうなっているのかと考察してみると、自分はちょっと前まで虫をとっていたただのカエルだったということが分かりました。でも、なぜいきなり神になったのかと考えると、それはお釈迦さまのおかげだということが分かり、お釈迦さまに礼をしようと、地上に降りて礼拝し、説法を聞いたのでした。


 説法が終わったとき、神(元カエル)は預流果に悟りました。カエルの身体では悟ることはできませんが、神になったところで悟りを開くことができたのです。


●子ヒツジと母ヒツジ


 ある羊飼いが、ヒツジの群れを餌場に連れて行くために川を渡らせようとしていました。川は浅かったのですが、ヒツジたちはなかなか渡ろうとしません。なぜかというと
群れのなかに母ヒツジと子ヒツジがいたからです。子ヒツジは小さくて弱いものですから、母ヒツジが心配して川を渡ろうとしなかったのです。羊飼いは困りました。いくら叱っても怒鳴っても脅しても、母ヒツジはいっこうに動きません。


 そこへ、お釈迦さまがやって来ました。お釈迦さまは黙ってヒツジの群れのなかに入り、そのなかにいた子ヒツジを抱きあげて川を渡り始めました。母ヒツジは お釈迦さまの衣に口をつけながら後をついて行き、ほかのヒツジたちもいっせいに川を渡り始めました。渡り終わると、お釈迦さまは子ヒツジを岸に置いて去って行かれました。


 これを見ていた羊飼いは 「これが人間の道だ」 ということに気づきました。叱ったり怒鳴ったり暴力をふるってもうまくいかない。相手の心を理解して、慈しみをもって接しなくてはならないのだと。羊飼いは母ヒツジの心を理解していなかったことに気づいたのでした。


お釈迦さまは苦しみを知り尽くしている


 これまでお話してきましたように、お釈迦さまの在世中、さまざまな人たちが、人だけでなく神や動物たちも、お釈迦さまに会い、自分たちの問題を解決していきました。お釈迦さまに失敗したケースはないのです。


 お釈迦さまはなぜ失敗しなかったのでしょうか? なぜ成功したのでしょうか?


 それは、お釈迦さまは「苦しみ」をすべて知り尽くしていたからです。人の苦しみは痛いほど理解できますから、問題が解決するように説明できるのは当たり前なのです。お釈迦さまには理解できない苦しみはなかったのです。


 お釈迦さまは、「すべての生命は無明によって苦しんでいる」 ということを理解していました。ですから、悩んでいる人や失敗した人がいても、その人たちを責めることはしませんし、貶すこともしませんでした。これは重要なポイントで、相手のことを貶さないのです。私たちは日常生活の中でしょっちゅう失敗して、周りから「なんでそんなことやったのか」と責められたり怒鳴られたりしているでしょう。お釈迦さまはそのような言い方はなされなかったのです。


 お釈迦さまは 「人間はそんなもので、愚かなことしかやりません。無明があるから悩みや苦しみがあり、失敗するのです」 と理解して、人を貶すことも非難することもしませんでした。


 また、神を信じる人と信じない人とを二分化して、信じる人は天国へ、信じない人は地獄に落ちる、といった「脅して処分する」ということもしませんでした。皆のことを平等に見ていたのです。999人もの人を殺害したアングリマーラにたいしても、ふつうに考えれば、アングリマーラは極悪中の極悪人で、救いようのない人だと誰もが思うでしょう。でも、お釈迦さまはそのようには考えなかったのです。ほんとうは素直でまじめな性格をもっている青年ですが、人から間違った考え方を教えられたために残忍凶悪なことをした、と考えていたのです。


 このように、お釈迦さまは人を責めたり脅すことはしませんでした。そうではなく 「私も輪廻のなかでずっと苦しんできました。ようやく苦しみを解決する方法を見いだしました。君たちにもその方法を教えてあげましょう」 という態度なのです。人が失敗して悩んでいるのを見て 「あんたは不幸だ」 と言うのではなく、「無明と煩悩があると苦しみます。以前は私もそうでした。しかし今は苦しみがありません。幸福です。その道を君たちにも教えてあげましょう」 という態度なのです。これがお釈迦さまの成功の秘訣です。


第四章 成功の秘訣


「苦しみ」は変わらない


 時代が変わって科学技術が発展しても、「生きる苦しみ」だけは変わりません。お釈迦さまは苦しみを知り尽くし、四聖諦(四つの聖なる真理)の第一番目として「苦の聖なる真理」(苦聖諦)を説かれました。苦聖諦の内容は、昔も今も、これからも、同じです。


苦聖諦とは、


 ・生まれること
 ・老いること
 ・病気になること
 ・死ぬこと
 ・好きな人と別れること
 ・嫌な人と会うこと
 ・思いどおりにならないこと
 ・五執蘊を持つこと


 これらの苦しみは、今も昔も同じです。新種の苦しみはありません。新種のヴィールスはありますが、新種の苦しみはないのです。また、現代人が完全に退治した、という苦しみもありません。科学技術の発展によって苦聖諦の一部が取り除かれた、というものはないのです。今の苦しみも、昔の苦しみと変わりありません。たとえば、科学が進歩したおかげで 「死」を克服することができたでしょうか? その苦しみは、現代でもそのままあるのです。


 人々が聞く質問はいつも同じです。2500年前であろうか、現代であろうか、東洋人であろうか、西洋人であろうか、学者であろうか、ビジネスマンであろうか、年輩の方であろうか、母親であろうか、若者であろうか、聞く質問は決まっています。人々が宗教に聞く質問は、「自分の悩み・苦しみ」に関する質問なのです。そこで、お釈迦さまは 「すべての苦しみを解決する道」 を説かれました。この道を実践する人は誰でも、(時代に左右されることなく) 苦しみを解決することができるのです。したがって、仏教は時代遅れになることはありませんし、どんな人にもアクセスできる教えなのです。


第五章 実践も対機?


方法が異なれば結果も異なる



 「自分に都合のよい実践方法」――これは皆さまにとって心地よい言葉だと思います 。自分だけの、自分の好みの、自分に適した実践方法があるなら、これほど都合のよいことはないでしょう。


 しかし残念ながら 「自分に都合のよい実践方法」 というものはありません。善い結果を目指すなら、そこに至る道は決まっているのです。たとえば、10人のシェフが自分の好きな材料を使って、好きな手順でカレーを作るとしましょう。そうすると、出来上がりはどうなるでしょうか? それぞれみんな違う味になり、同じカレーにはならないでしょ う。このように、方法が異なれば結果も異なるのです。


 同じ結果を目指すなら、結果に至るプロセスも同じでなくてはなりません。ですから 「苦しみをなくす」 という結果を目指すなら、そのプロセスは誰にでも同じです。自分だけの特別なプロセスがあるわけではないのです。


 2+2はいくつでしょうか? 4です。田中さんの場合は5で、木村さんの場合は8で、 今日は6で、明日は9と、そういうことはありえません。2+2=4に決まっているので す。このように問題には答えがあり、答えは人の気分によって変わるものではありません。もし対機的に答えが違うなら、その問題には答えがないということになります。 「何でもいい」ということは、つまり「答えがない」ということなのです。



仏教の実践方法は皆同じ


 問題にたいする答えとは、仏教では 「実践する」 ことです。問題が 「苦しみ」 であり、それに対する答えが 「実践」 なのです。


 ただ、実践方法が実行不可能なものなら、その実践は問題の答えにはなりません。 実行できないことをいくら言っても意味がないでしょう。たとえば癌で苦しんでいる人にたいして、入手することのできないクスリを飲みなさいといっても、意味がありませ ん。数千年前に日本に生息していた特別な植物を煎じて飲むと、たちまち癌が治りますといっても、どうやって数千年前の植物を手に入れることができるでしょうか? ですから、実践方法は実行できなければ答えではないのです。


 仏教の実践方法は対機的なものではなく、みな同じであり、誰でも試し、確かめるこ とができるものです。苦しみは誰にでもあり、それを解決するための方法を実践をす ることによって、誰でも苦しみを乗り越えることができるのです。その方法は、今も昔も 変わりません。同じなのです。料理法(方法)が同じなら、出来上がり(結果)も同じになるのです。


 人によって実践方法が違うということはありません。道徳、慈悲、八正道、ヴィパッサ ナーなどは、男女、老若、立場、地位などの違いで変わることはないのです。信仰さえ問いません。信仰をもっていると引っかかるところもありますが、好きなものはしよ うがありませんから、そういう人にたいしては、「信仰はいったん横に置いておいてください。そしてこの治療法を実践してみてください。そうすれば苦しみが治るでしょう」と教えます。仏教の実践をやってみると、やがて、信仰も苦しみをつくるということに気づくでしょう。


「個人の理解の仕方」は異なる


 しかし、「個人の理解の仕方」には差があります。ですから、ある側面から見ると、実践には対機性があるようにも見えるのです。


 例をあげますと、外国の留学生が日本の大学に入学するとき、まずオリエンテーションをおこないます。期待と不安でいっぱいの学生たちが新しい環境に適応し、大学で勉強できるよう、学校側が基本的な方向づけや指導をおこなうのです。このとき、留学生たちはそれぞれ言語や文化が違いますから、別々にオリエンテーションをします。中国人には中国人向けのオリエンテーションを、アフリカ人にはアフリカ人向けのオリエンテーションを、西洋人には西洋人向けのオリエンテーションを。それで一通り指導が終わると、スタート地点が同じになり、では頑張りましょうと、クラスにまとまって授業が始まるのです。
この程度の対機性は、仏教の実践にもあるのです。


自分に必要な経典を


 それから、仏教の経典は大量にありますが、それらすべてを読む必要はありません。自分に必要な経典を一つか二つ理解して、それを確実に実践すれば、見事にうまくいくのです。


 これは、世界のさまざまな料理を用意しているバイキングのようなものです。世界各国のあらゆる料理がテーブルの上にずらりと並んでいます。各自が自分の皿に自由に取り分けて、好きな分だけ食べられますが、たとえ豪華に料理が並んでいても、私たちは全種類の品を食べることはできません。たくさんのなかから自分が食べたい料理、自分の身体に合った料理を少し選び、ほかのものは置いておくのです。このとき、あらゆる料理が揃っていますから、自分に合う料理は必ずあるはずです。


 同様に、経典は大量にありますが、それを全部読む必要はありません。自分に必要な教えを選び、それを確実に実践すればよいのです。


第六章 解決論


「個人の苦しみ」と「社会の苦しみ」


苦しみを、「個人の苦しみ」と「社会の苦しみ」とに分けて考えることができます。


「個人の苦しみ」については、各個人が自分で自分の苦しみを解決しなければなりません。苦しみを抱えているのはほかでもない自分なのですから、解決するためには、自分が努力する必要があるのです。


たとえば、心臓が弱くて生死をさまよっている子供をもつ母親がいるとしましょう。母親は、子供の心臓が弱いから自分が苦しんでいる、と考えています。しかし真理の立場から見ますと、母親は「愛するものから離れたくない」という苦しみに出遭っているのです。母親はこのことを理解せずに、子供の心臓が治ったらすべてうまくいくと勘違いしています。この勘違いしているところを治さなければなりません。「これは愛するものから離れたくないという苦しみであり、たとえ子供の心臓が治ったとしても、また別の苦しみが生まれてくる」ということを理解しなければならないのです。


個人の悩みに関しては個人が努力して治す必要があります。


もう一つは、苦しみの原因は社会にあるかもしれないということです。自分に苦しみがあるのですが、その原因が社会にある場合です。これは社会の問題です。


お釈迦さまは、さまざまな場面で王様たちに、政治、経済のあり方、社会人としての生き方などを教えていました。すごく明確に説かれた政治論や経済論もあります。社会の問題だから自分には関係がないと考えて、黙っていてはなりません。ジャータカ物語には、政府が腐敗しているなら国民みなで政府に抗議しなさいという物語もあります。黙っているのではなく、皆の問題だから皆で解決しなくてはならないのです。社会の苦しみは、皆で実践するものです。


各自が真理を理解する


最終的な解決方法は、「悟ること」です。輪廻転生を繰り返しているかぎり、いくら一時的解決策を練っても終わりがありません。ひとつ解決しても、また別の問題が必ず現れるのです。ですから、最終的には輪廻の問題を解決しなければならないのです。


 Paccattam veditabbo vinnuhi ti.
 智慧のある人々は 各自で真理を理解すべきである



 Sqdhu! Sqdhu! Sqdhu!



編集・文責/出村佳子












 
 生きとし生けるものが幸せでありますように