カティナ衣大法要

サッダーナンダ長老
Ven.Saddhananda Thero

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カティナの徳(Maha Kusala, Maha Punna

 「カティナ」とはどういう意味でしょうか? 最も簡単な定義は「硬い」とか「壊れない」という意味です。テーラワーダ仏教の伝統では、カティナ衣法要は、数ある仏教行事のなかで最も大きな徳を積むことができる最も重要な式の一つです。
 皆さんは3か月前、7月の満月の日に、お坊様をこのお寺に招き、雨安居に入ってくださるようお願いしたでしょう。スリランカでも同じように、テーラワーダ仏教徒は、自分たちのお寺に雨安居に入っていただけるよう、お坊様方を招待しました。このとき在家の方はお坊様方に4つの大事なものをお布施することを約束します。1つ目は衣、2つ目は食べ物、3つ目は住居、4つ目は薬です。皆さんはこの4つの約束を正しく守られたと思います。

 今日、皆さんは「特別な衣」をお布施しました。「カティナチーワラ」と言います。在家の方が衣にさわって、一人のお坊様にお布施されました。しかし、このお寺で雨安居に入られた一人のお坊様だけにお布施したのではありません。皆さんは僧侶全体(サンガ)にお布施したのです。ですから今日お布施した衣はサンガのものなのです。

 この式が終わったあと、法要に参加したお坊様方が戒壇に行きます。そして、誰が衣を受けとるか、ということを決めます。選ばれたお坊様は、お坊様全員の前で、「この衣を受け取ります。この衣はお坊様たちからのお布施です」と言います。(在家の方からのお布施だとは言いません)。
 このようにして、お坊様と在家信者さんが同じ日に同時に徳のあるお布施をしたことになるのです。ですから、とても徳が高いのです。


雨安居あけの特別な法要

 カティナ衣法要は特別な法要で、1つのお寺で年に1度、1回だけおこなうものです。皆さんは、お金があればいつでもお店に行って衣を買ったり縫ったりすることができるでしょう。そして自分がお布施したいお坊様に衣をお布施することができます。しかし、そのお布施はカティナ衣ほど価値がありません。カティナ衣は特別なものなのです。なぜなら雨安居に入る前、お坊様方は特別な戒律を守ることを誓い、期間中その戒律を守ったのです。戒律を守り、心を清らかにしたお坊様方に衣をお布施することは、非常に徳の高い特別な行為なのです。したがって仏教社会、特にテーラワーダ仏教では、カティナ法要に参加することは非常に大事であると考えています。今日、皆さんは最も徳の高い仏教法要に参加なされたのです。


仏教は人の心を穏やかにさせる

 次に、なぜカティナ衣法要をおこなわなければならないのか、なぜ徳を積まなければならないのか、ということを考えてみましょう。
 仏教には輪廻転生という概念があります。徳を積むことで、来世も幸福になれるようにと考えるのです。ですから今生だけでなく、来世でも幸福になれるよう、徳を積むのです。

 なぜ私たちはカティナ衣法要の伝統を続けるべきなのでしょうか?
 この法要に参加することによって、私たちは、互いに協力し、仲良くすることができます。心が穏やかになり、清らかになります。さらには、お布施することによって、幸福になるのです。

 スリランカから来た私たち5人は、日本の皆さんの生き生きとした笑顔がすばらしいと思っています。日本は科学技術が進歩しています。ヨーロッパ諸国も、科学技術が進歩しています。日本と同じように、ヨーロッパ諸国も大変恵まれていますが、1つだけ欠けているものがあります。それは、生き生きとした笑顔です。他の先進国に行っても、日本の皆さんがみせてくれているような笑顔を見るこことはむずかしいのです。たとえ笑顔があっても、それは残念ながら長持ちしません。なぜ日本人が生き生きとした笑顔があるのか、きっとそれは偉大なる仏教を実践しているからでしょう。政治家や社会学者たちは、科学技術の発展だけが人類にとって大事なものではない、ということに気づき始めています。世界の指導者たちも、国民たちに宗教を持ったほうがいいと勧めるようになりました。


次の世代へ引き継いでいくべき良き伝統

 仏教徒として、1つ幸福だと考えていることがあります。ヨーロッパでは若者たちがだんだん仏教に目を向けているということです。私はイギリスのいくつかの学校で説法をしたことがあります。仏教とはどういうものか、仏教について話してほしいと頼まれたのです。仏教について考え、話すことができることは、私にとって大変幸福なことです。
 西洋人、特に教養のある人々は、仏教は偉大なる宗教であり、偉大なる哲学であり、偉大なる文化だと考えています。この偉大なる仏教の文化・伝統は世代から世代へと受け継がれていかなければなりません。そこで、カティナ衣法要のような徳のある法要をおこなうことが大事になるのです。法要をおこなうことによって、私たちは徳を積み、またそれを次の世代へと引き継いでいくことができるのです。

 
 2006年10月29日・東京・ゴータミー精舎にて
 Kathina civara puja (Oct 29, 06 )
 Dhamma talk by Venerable Saddhananda Thero from Sri Lanka,


  翻訳 (通訳) : 出村 佳子